日本は今では、世界有数の観光地という位置づけとなりました。
それ以前はアメリカ・フランス・イギリスが世界各国の方々から憧れの眼差しで見られていたものです。
今の位置付けとなったのは、1990年代後半からです。
国内ではアニメ・ゲームといったサブカルチャーが若者の間で大流行をしていました。
さらに、東京都港区六本木ではディスコが数多く誕生して、日本中にディスコブームを巻き起こしたほどです。
ゲームやアニメ、そしてディスコという人気サブカルチャーのすべてに共通していることが六本木で、いつしかこの地域は日本の文化の発信地と呼ばれるようになりました。
この地域の概要を江戸時代にまで遡って見ていきましょう。
六本木の地名の由来
まず、地名の由来は、江戸時代の1740年に誕生しました。
この寛永3年、それまで沼地であった場所を埋め立ててあらたに御用金を納める蔵を建てることを、幕府は定めることになります。
その時、沼地のほとりで6本の木がランドマークのようにあったことから、「ろっぽんち」というようになり、正式に翌年から六本木と呼ばれるに至ります。
なお、これほど昔に現在の地名がついたところは、東京23区の中ではここのみです。
現在も5丁目の交差点には、当時の歴史を記した石碑があり地名の由来も見てとれます。
明治時代になると、1丁目に蒸気機関車の駅が誕生しました。
この蒸気機関車は神奈川県も横須賀市へと向かうもので、国内最初の鉄道になったほどです。
明治時代はオランダやイギリス・アメリカから数多くの人々が日本の入国しており、その居住地にもなっています。
現在の2丁目から6丁目一帯には、現在もレンガ造りの建物を見ることができますが、それらはすべて外国人設計士によって建てられたものです。
1960年のその地域は東京都の重要文化財に指定され、景観保全の観点から電柱はすべて撤廃したうえで、電線を地中に埋め込む事業を10年掛かりでなされました。
8丁目にいくと、周辺の景色は一気に変わります。
明治時代の建造物は一切姿を消し、近代的な高層ビル群が姿をあらわします。
2000年に大規模な造成・開発がなされたところで、2000年当時は日本で2番目に高いと謳われた「六本木ヒルズ」が誕生しました。
地上290mの高さとなっていて、地上10階まではテレビ局・商業施設が入居しており、それから上はマンション・企業もある多目的総合ビルディングです。
このヒルズという建物は今では、東京のランドマークとして機能しています。
2000年がいわば日本・東京を世界屈指の観光都市にした時代
さて、この2000年がいわば日本・東京を世界屈指の観光都市にした時代ともいえるでしょう。
1990年代まではインバウンド客は年間30万人程度しか訪れておらず、さほど世界から注目を集めることはありませんでした。
ところが2000年以降は年間40万、50万と年を追うごとに訪日客が増え、現在では400万人もの方々が来日するまでに至ります。
この中でも特に中国・韓国・ベトナムといった、アジア諸国の方が多い傾向です。
これは六本木地域の活性化にも一役買っており、この一帯ではアジア諸国を出身とした女性が経営するクラブも増加した一因になりました。
クラブの概要にもここで触れていきましょう。
1990年代はフィリピンを出身にしている方が経営するパブが約20件ありました。
中には芸能界で女優業をなされる方が経営する店もあり、一時期は大変なブームとなったほどです。
ところが2000年以降はインバウンドの増加と共に、ベトナム・中国等の方々が代表をつとめるパブもあらわれ、国内随一の多国籍クラブがある場所とさまざまなメディアで紹介されています。
六本木が水商売を経営するのに選ばれる理由
なぜこの一帯が水商売を経営するのに選ばれるのか、それは地名がブランドになっているからです。
この一帯は昭和中期から高級なクラブが建ち並びようになり、東京・銀座の次に著名な街でした。
ここで成功をすれば、国内のどこでも通用するとさえいわれたほどで、今でもその名残りは色濃く残しているほどです。
国内のみならず、海外でもその名を馳せており、水商売を日本でおこなおうと考える方は必ず六本木で開業することを夢に見られています。
2020年現在はクラブやパブのほかに、ピザハウス・バー・フレンチレストランが計260件存在しています。
大人の街から若者の街へと変化をしていて、さらにサブカルチャーも誕生する場所です。
目ぼしいものとしては、スケートボード・ブレイクダンスといったところでしょう。
これらはどちらも、2024年以降のオリンピックで正式種目のなったものです。
文化の発信地であると同時に、スポーツの発信地にもなったところで、これからもますます世界から注目されることは間違いありません。
まとめ
地域内の暮らす人々は23区内でもっとも少ないですが、その分昼間は多方面から訪れる方で活気があるところです。
これからも東京を代表する地域として、さまざまな顔を見せていくことでしょう。
最終更新日 2025年7月8日 by kikuch